1本の杭に例えられる釣り人。自分を支えてくれる言葉との出会い。
仙台でサクラマス釣りをしていた時、
作家である開高健の本にあった言葉と写真を思い出していました。

魚釣りでは、サクラマス釣りを始め、孤独に自然と向き合う釣り人を、1本の杭のようだ。
と比喩することがあります。
それは、寒さ厳しい川に立ち込み、ひたすらキャストを続ける様子から来ていると思うのですが、まさに言いえて妙だなと感じます。

私が最初にこの1本の杭になるという言葉に出会ったのは、作家である開高健の「フィッシュ・オン」という書籍でした。
それはアラスカへキングサーモンを釣りに行った釣行記の中に、写真と一緒に記されていたのです。
いい機会なので、詳しく紹介すると
「川のなかの1本の杭と化したが、絶域の水の冷たさに声もだせない。芸術は忍耐を要求するんだ」
出典 : フィッシュ・オン (新潮文庫) : 開高 健, 秋元 啓一
と書かれてあります。
釣り人を1本の杭に例えた表現力にも感銘を受けたのですが、
その後に続く “芸術は忍耐を要求する” という1文も、未だに忘れられず、頻繁に思い出す言葉です。

私にとってこの言葉は、時には励ましであったり、救いであったりします。
例えば磯での撮影で、過酷な環境に身をおき、さらには強い雨風にさらされると心が折れそうになることがあります。
それでもこれを耐え忍んだ先には、きっと感動の瞬間が待っているんだ。
そんな芸術的な瞬間を撮るためには、忍耐が必要なんだと自分に言い聞かせます。
そう考えると、もう少し頑張ろう、もう少しやってみようと、自分を奮い立たせることができるのです。

それに、この写真と同じような状況で、極寒の川に立ち込んで、ひたすら釣れる瞬間を待つことも珍しくありません。
苦しい時こそこの言葉を思い出し、その先に来るであろう芸術的な瞬間を今か今かと待ち続けているのです。

先日の仙台でのサクラマス釣りでは、そんなことを改めて考え直すきっかけにもなりました。
こうして自分なりの言葉で整理してみると、この本に、そしてこの言葉に出会えていてよかったなと改めて思います。

よく、釣りを見てるだけだと自分もやりたくならないの?
と聞かれることが多いですが、私はまったくというタイプです。
それは釣り人とはまた違う形で、その先にあるものに期待をしているからなのかな、と思ったりもします。
待ち続けられるモチベーションの源泉は、意外とそんなところにあるのかも知れませんね。

さて、今回はサクラマス釣りの思い出を振り返りながら、ちょっと備忘録みたいに語ってみました。
今年も着々と日々が過ぎていきます。
苦しい時こそこの言葉を思い出して、また自分の写真と向き合いながら日々精進ですね。